物を強請る子供の様に





ゆったりコーヒーを飲む時間も無くて、どんどん増える書類を前に溜息をついた。
一度切れた集中力を元に戻そうとするのは結構難しい。
さっさと諦めて休憩した方が無難というものだ。

眼鏡を取って、んーっと伸びをした。
ふと目に入ったのは、十二時どころか三時も過ぎた時計だった。
気が付かなかった、という事はそれだけ仕事を処理していた事を意味する。

(なんだか最近輪をかけて忙しくなったよ…)

目頭を抑えた時、不意に誰かが入って来た気配がした。



「まだ起きてたのかよ。」



それは意外な訪問者。
風呂に入ったばかりなのか、まだ髪の毛はしっとりとしていて、
おまけに顔もうっすら火照っている。
風邪引くよ、と言いかけて飲み込んだ。
今は神田君と小さい喧嘩をしたくなかった。
それに、幾らか眠そうな倦怠感をまっとっているように見えた。



「そろそろ寝るよ。神田君は寝ないの?」



ゆったりとした口調で言ったら、
彼の口から意外な言葉が発せられた。



「此処で寝る。」



それは、それは思っても見ない事で。
自分はもしかして夢の中に居るんじゃないかとか。
神田君はもう風邪を引いているんじゃないかとか、
そういう事が頭を巡った。
だってさ、そんな事いつもは言ってくれないじゃないか。


半ば少しパニック状態だった僕の手を引いて、仮眠室のベットに入った。
これって誘ってくれてるのかな…
そんな錯覚さえ覚えるほど、今日の彼はおかしかった。
布団を被ってこっちを見て来る。

(その顔、反則)




見上げた顔があまりにも煽情的で、理性がぐらつく。
彼の唇に自分のそれを落とした。

…そして気づく。



「もしかして酔ってるの?」


「ジェリーに付き合ってたら、日本酒3杯も飲まされた。」



3杯って…。
軽い溜息をついて神田君の上から退いた。
酔っているとそれだけ魅力も増す。
此方としては良い事なんだけど、彼にとっては辛いだろう。
……特に、寝て起きた後。

悶々と考えていたら、隣で寝息が聞こえ始めた。

(任務から帰ってきたばっかりだったね…)

苦笑しながらベットの横に腰掛けて、頭を撫でた。
石鹸で洗っているという髪は、通常の髪よりもさらさらと手に馴染む。



こんな時間は何時まで続くのか。
神田君といると、そんな事ばかり考えてしまう。
今は、千年伯爵との戦争に勝つことだけを考えなければならないのに。


…神はどうやって使徒を選ぶのだろう。
今更何を言っても仕方ないのに、ふと思う。
リナリーがエクソシストになっていなければ…
いや、彼もまた選ばれていなければ会えなかった。
この戦いが終わったら、普通の生活が出来る。

(君はどうするのかな…)





まだ見えぬ未来を考えながら、僕の右手は神田君の髪の毛を撫でる。
今、この時が幸せで。

時が止まってしまえばいいと願ってしまうんだ……


 

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