昨日から雨が降り続いて、一日たった今日の午後も止む気配はない。 俺は隊服をきっちり着込んでいつもの見回りへと出掛けた。 今日は一人だ。 なんだかんだ言って土方さんは俺の腕だけは認めてるらしい。 隊長という名は、重い。 その肩書だけで勝負を挑んで来る奴らもいる。 はっきり言って迷惑だ。 いつまでも明るくならない空を見上げて、目を閉じた。 この雨が今までの血や罪を洗い流してくれるような錯覚に陥る。 随分感傷的になったもんだ。 人斬りに自ら志願してなった。 それは紛れも無い事実。 近藤さんを護るなんて、ただの言い訳で。 置いて行かれるのが恐かった。 隠して生き続けて、隊長という職に就いてから気付く。 人切りなんてしたからには、極楽浄土なんかには行けやしない。 待っているのは地獄の扉。 土方さんは、近藤さんのためなら鬼にでもなるだろう。 でも、俺は中途半端に生きてるからきっとあがく。 薄く笑いながら細い路地へと入る。 一人で見回りの時はいつも寄っている場所だ。 その辺で摘んだ名前も知らない花を置いた。 此処は俺が初めて人を殺した所。 あの時の感覚が今でも忘れられない。 「今日は行けないんじゃなかったかぃ?」 「心配になった。」 いつの間にか土方さんが後ろに立っていた。 その表情からは何も覚れなかった。 ただ、何故か土方さんまで傘をさしていなかった。 「あの時も雨が降り続いていたからな。」 「…覚えてたんですかぃ。」 意外だった。 そういう事は覚えていない人だと思っていた。 さっき置いた花は雨に打たれて、段々と元気が無くなってきている。 まるで今の自分みたいに。 「毎日同じ事の繰り返しで、生きてる実感が湧かなくなった。 人を切るのに躊躇が無くなりそうで、怖い。」 標準の喋り方をしたのはいつ以来だったか。 その位、自分を隠している時間が長かったんだろう。 土方さんを見ると目があった。 何も言わず唇が自分のそれに降って来た。 甘いなんて物じゃない。 噛み付くような、全てが持って行かれそうな物だった。 ただ無性にそれが、土方さんからの答えに感じてたまらなかった。 苦しくなって土方さんの袖を握ったら、名残惜し気に放れた。 乱れた息を戻しながら、先に口を開いたのは土方さんだった。 「生きてる実感が欲しいなら、俺がいくらでもくれてやる。」 だから…と続けるのを阻むように土方さんの手を握った。 その続きはなんとなく解った気がした。 何でこの人は俺の欲しいものを全て与えようとするのか。 俺だけじゃない。 近藤さんや山崎、他の人にも平等に。 きっとこの手は普通じゃ抱えきれないほどの物を持っているんだろう。 土方さんは雨に濡れて冷たくなっている二人の手を 胸のあたりまで上げた。 「狂う前に止めてやるよ。」 そう言った顔は、綺麗な微笑で。 思わずどきっとした。 もし時代が変わるなら、 人切りなんて存在は、この時だけに閉まっておけばいい。 その時は潔く地獄へ落ちよう。 あんたが一緒なら俺は何も要らない。 心にキズアトは残るけど、それは大きな代償だから仕方ない。 前向きに生きる事を拒絶してきた。 やっとあの日から抜け出せそう。 忘れるつもりなんてこれっぽっちも無いけど、 死んでいった人の為にも、この時代を変えないといけない。 もう後ろは向かない。 自分のあり方を見つけたから。 俺は持っているだけだった傘を、花に差した。 そして、二人でその路地から屯所へ向かった。