…その瞳に俺を映して



+叶わないはずの夢だった+
姉さんの葬儀から何日経っただろう。 土方さんはあの日から変わってしまった。 具体的に何処が、と問われたら少々言い表わし難い。 何となく、何となくではあるけど…俺を避けてる気がする。 「土方さん、入りやす…」 極力、音を立てずに土方さんの部屋の襖を開けた。 一番最初に目に入ったのは、満月になり損なった大きな月だった。 それは、土方さんが障子を開けて縁側に座っていたからで。 「どうした」 背を向けたまま発せられた言葉は、俺の想定範囲内。 だからといって素直に理由が言える訳ではない。 (俺の事を見てください) なんて、自分勝手な言い分は内に潜めることしか出来ない。 「…最近様子がおかしいのは姉さんの事ですかぃ?」 もっともらしい質問をする事を、何度も繰り返し練習した。 理由を作り、夜中に土方さんの部屋に訪問するために。 今までだって毎日…とまではいかないけれど、週に1・2回は訪ねていた。 そんな事をする理由なんて一つしかなくて。 …あんたの事が、好きで好きで仕方ない。 本当は、一分一秒だって離れて居たくないんだ。 「まぁ、そんなとこだ」 予想通りの返事に(ああ、やっぱり)と思ったり、心の奥が締め付けられたり。 襖を閉めて音を立てないように土方さんの座る縁側まで歩く。 ここは主人の性格をそっくりそのまま表したような部屋だ。 余計なモノは置かない、最低限必要なものしかそろっていない。 俺はこの部屋が大好きだった。 隣に座って初めて、土方さんの異変に気が付いた。 …灰皿に吸殻が一本も無い。 「なぁ」 不意に呼びかけられて、内心驚きながら視線を灰皿から外した。 「俺は昔から嘘をついてばかりだった」 独り言のような言葉を月を見ながら聞く。 この人は昔話をするのを嫌っていたから、こんな話し方は珍しかった。 それは、前ばかり見ている性格も影響しているのだろう。 「でも、あいつの事は本当に好きだったんだ」 ああ、俺の中の黒く腹立たしい感情が心の中で渦を巻く。 こんなモノを抱えたいわけじゃないんだ。 俺は隣に座る人の負の感情を奪い取りたいんだ。 そして、俺の事だけ見て欲しいんだ。 心の葛藤を知ってか知らずか、ふっと笑いながら目を伏せた。 「でも、あいつが死んで一番最初に思った」 「何を…」 「これでこいつを独り占めできるってな」 土方さんの腕が、スロー再生でもしているかのように動くのを視界の端で捕らえた。 たどり着いた先は俺の背中。 何時の間にか正面に向かされていて、少し腰が痛いと思った。 でもそれよりも、土方さんの声が右耳に近い所から出ている事に気持ちが集中した。 腕が、声が、存在が、俺を包んでいた。 「不謹慎だろ?人、一人死んだって言うのによ」 抱きしめられていて良かったと思った。 多分、今俺はもの凄く泣きそうな顔をしているから。 行き場の無い俺の手は、土方さんの裾を軽く握った。 「で、気付いたんだよ。  …俺はあいつを通して総悟、お前を見てたんだって」 回された腕に少し力が入った。 「本当はお前の気持ち、知ってて気付かないフリしてた。  それと同時に俺の気持ちに嘘を付いてたんだ、無意識にな」 腕がゆっくりと俺から離される。 その時初めて土方さんの手に煙草ではなく、白い封筒が持たれている事に気付いた。 そしてそれを俺に差し出してきた。 「これは…?」 「お前の姉さんから俺への手紙だ」 読んでみろ、と促されて恐る恐る開いた。 そこにはただ一文だけ、綺麗な文字で書かれていた。 『総ちゃん泣かせたらバケて出てやるんだから』 「笑うだろ?あいつは全部知ってたんだ」 今にも泣いてしまうんじゃないか、という位顔をくしゃくしゃにして言う。 嬉しくて、切なくて、心臓が引きちぎられそうだ。 「…何もかも自分の都合の良い解釈しか出来なくなりまさぁ」 ついに頬を涙が滑り落ちた。 ああ、今まで我慢していた分が全て水の泡。 涙で霞んで土方さんの表情が読めなくなったけど、腕が伸びてくるのが分かった。 「それで良い。」 引き寄せられて、整った顔が近くに来た。 俺の頬を流れる水分は一向に止まる気配が無い。 「俺は、お前以外視界に入らないらしい」 そんなに近くで、優しい声で言わないで。 蓋をしていた感情が一気に漏れ出すのが分かった。 止まらない。 この人が、どうしようもなく愛しい。 「好き」 「総悟…」 「好き、好き、好き、好…っ!」 止まらない思いの続きは土方さんの口の中に収まった。 頭の隅で、いっそこのまま丸ごと食べられてしまいたい、なんて思った。 そんなの現実には起こらなくて、離れた唇が目尻にキスをおとしていく。 「そんなの昔から知ってんだよ」 鳥肌が立つ程の美しい笑顔で言われた。 (御免姉さん。でも、俺…) 心の中で呟いて、今度は自分からキスをした。 この人の瞳に俺しか映らないようにしたい。 …いや、映さない。 小さな思いを出来損ないの満月だけに誓った。 o*○*o*○*o*○*o*○*o*○*o*○*o*○*o*○*o*○*o*○*o*○*o 29:叶わないはずの夢だった 参加させて頂き、有難うございました。 2007.2.1